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河島英五つながり楽曲集

  • LOVE SONG が 生まれるように
    Norman:
    河島英五バックバンド、スロートレインのギタリストであるNorman。Normanは私が高校生のときに始めて参加したときの英五コンサートにもマンドリンで参加していた。その20年後になって、つい最近、自分の小中学校の先輩であったことが判明した。去年の年末には忘年会でご一緒して少しだけ挨拶させていただいた。 YOSHIZUというSHIZUさんとのユニットではNormanのボーカルを楽しむことができる。この歌はNormanのホームページからダウンロードして聴くことができます。 (★★★★★)
  • ピカピカ光ル
    アナム&マキ: Qunai?

    イラク戦争についての反戦歌。英五さんに聞かせたかった。英五さんがまだ元気だったらいったい今の世界をどのように歌ったのだろうかということは、私もいつもいつも考えている。 英五さんの歌の中で、最もこの歌の歌詞で連想されるのは・・・「十二月の風にふかれて」<文明Ⅱ> 茜雲の空に泪ぐむのはなぜだろう? 生まれて暮らしてそれだけで生きているって呼べるだろうか? 2005・5・25『Qunai?』=4thアルバムに収録されました。アツガレコードより。アツガレコードでPVを視聴できます。(→今はできませんね。Youtubeで探してみてください。あります。) 2005年末もしくは2006年初に発売される予定(→これは御報です。スタジオライブDVDはPendingのまま2年の月日が・・・)のアナマキ初のライブベストアルバムにも収録されます。 生の「ファイト!」「ピカピカ光ル」「月の花まつり」はスタジオライブで間近で聴いたのですが・・・圧巻・・・超泪ものでした。泪ちょぎょぎれ・・・本当に泪を流してしまっている客もいました。素晴らしい生演奏でした。 (★★★★★)

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2006.06.26

感情の問題?私たちは尚更に冷静になるべきだ

「殺せ、殺せ」の大合唱

被害者感情の回復とかよく言われるけども。
無実の罪で死刑になっちゃう可能性が十分にあるっていう現状をどう判断するのかっていうのが・・・死刑大国とまでは言えないけども(・・・死刑大賛成の人は中華人民共和国は理想の国なんでしょうかね・・・小一時間問い詰めてみたいけども・・・現状の世論の動向を考えると全く死刑についてはゆるぎないこの国のマジョリティの人たちに問いたいなあ・・・)まあそういう悪い籤はひくやつが馬鹿で運が悪いだけで、有罪率が限りなく100パーセントに近い日本の刑事司法って・・・やっぱどっかオカシイと思うんだが。(数学的な・・・といえばそういう切り口語り口についての問題は↓でリンクしている「数学屋のメガネ」の記事に詳しい)

綿井さんのリンクした記事はコメントがたくさん来ていて話が深まっている。一部感情論で暴走している人がいるようだが、感情の問題もあるのだがそれだけに冷静に問題を捉えたいと思うテーマです。

綿井さんの文章にあるテーマは死刑制度の問題ではむしろなくて報道の問題だと思う。被害者の言葉も加害者側の弁護士の言葉もどこかすりかわってしか伝わっていないという苛立ちを感じる。問題設定の立て方がメディアの中で貧弱かつ粗雑であるということ。粗雑に扱うべき問題ではないはずだ。イラク戦線を取材してこの国のゆるいメディア状況。ご臨終メディア状況を見て出てくる素直なアウトプットだろう。綿井さんの文章にはいつも感心する。フットワーク軽くさまざまなことをネタにしつつ決して紋切り型ではなく深い思考を持ち合わせていると思う。

関連記事もいくつか漁ってみた。

裁判員制度というのが遡上にのぼっているらしい。ここらへんは絡めてまじめに考えないといけない問題なんだろう。一般市民の司法への参加っていうことなんだろうから。

裁判員制度について・・・
あなたも裁判員!
裁判員制度


戦争の問題でも死刑制度の問題でも制度設計とかシステムの問題を語るのに言いたいことを言いまくってああああスッキリしたっていうレベルの言論は言論に値しないと思う。感情を回復するということだけが目的だったらば制度なんてどうでもいいんじゃねえってことになりかねない。

懲役500年とかの方がわかりやすいな、私は。死んだらもう一度生き返らせて500年間重労働につかせて。なんか「火の鳥」の世界だなあ。それじゃ。でもこういうシステム設計ってどこかに流刑星とか殖民星が存在して「死刑執行人」とか「刑罰執行人」が存在しないとつじつまがあわなくなってしまう。どこかSFじみている。

亀井静香さんの死刑廃止論について纏めている文章もここにあります。
数学屋のメガネさんの記事です。→ここいつも読んでいるブログですが非常に読み応えのあるサイトです。

いろいろありますが、とにかくいろいろ考えさせられる問題です。とてもじゃないけどスパっと結論の出る問題じゃないんじゃないかと思う。悩ましさを共有できる中で議論が進行して問題が把握されてよりよい方向へ進むのならよいのだが・・・。メディアは絶望的な状況かもしれない。

少年法がどうしたでも死刑制度がなんとかだでも刑罰強化とか刑法の改正とかでもうわっとどどっと流れができてて制度を市民が市民の代表が設計しているという風景よりか・・・いまだにお上がくださったものをありがたやありがたやで受け止めている心性ってのがどうもここには根強く残っているんじゃないか。メディアは庶民のガス抜きの為によってたかって何かを為すだけ。なんとなく動物的というかなんというか。

『アトミックカフェ』
という映画がある。日本とともに代表的な死刑存置国。州によってはいろいろありますけど、あそこの国は多様性が。ローゼンバーグ夫妻の死刑を実況中継している様子。あれっておぞましい記憶なんだろうな。良心的なアメリカ市民からすると。

自分たちの問題として制度を考えるきっかけになるとすれば裁判員制度というのは有益なのだろうか。それとも共犯にさせられるだけのことなのか。

やっぱりどこまでいっても私は「誤魔化さないでそんな言葉では僕は満足できないんです」っていう気がする。河島英五の「てんびんばかり」の歌詞だが。

今年は「てんびんばかり」のDVD化が果たされた年でもあったんだった。英五さんの誕生日(4月23日発行)に出た。亡くなってからもう5年もたった。今回出たDVDに収録されている「てんびんばかり」は特に特別な歌詞の入っているバージョンだ。CDやレコードであの歌を聞いたことがある人もきっとあの英五さんの歌唱を聞くと改めて違うものを受け取ることがあるかもしれないと思う。

今日アマゾンで『倉田弁護士 事件簿』(倉田 哲治)を買った。前から読んでみたいと思っていた本。その昔アムネスティ関連のイベントで英五さんが参加していたことがあったかと記憶している。おぼろげな記憶だがどこかで確かめたいところだが。

天秤ばかり

倉田さんは1998年に亡くなっているそうだ。今頃あちらで英五さんと喋っているのだろうか。

今日は綿井さんの記事をきっかけに実にいろいろなことを考えさせられた一日であった。だらだれいろいろ書いたのでカテゴリーは日記にしておこう。・・・と日記にはそうかいておこう。古いなこの言い方。あえてカテゴリーは多数付与するのはやめよう。そのうち整理しなおしてふるかもしれないが。

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Comments

事件後本村氏が被害者の権利獲得について精力的に活動してることについては大変評価に値するとして・・でも事件の裁判・被告・弁護士に対する一連のコメントについては正直共感できないことも多いのです。例の欠席事件その他についても弁護士は被害者のためではなく被告のためにいるのだから、そこをもう少し理解した上でコメントするならすべき。被害者に同情が集まるだけに、被害者の言論=正論と受け取られがちだが、そこのところは報道にもっとしっかりしてもらいたいところですね。
自分の大切な人が理不尽な目に遭わされたら復讐してやりたい、愛している人が殺されたら、殺した奴を殺してやりたい、というのは幼児でも持っている基本的で反射的な感情。実際被害者がその感情を止められないのは仕方がないとして、少なくとも傍観者は理性を持って考えるべきでは。加害者さえあの世に葬れば同じような犯罪は起こらないの?人を殺して成り立つ正義ってありえるの?理不尽な殺され方をした場合の復讐の手段、そして国民を安心させる手段としては殺害も止む無し?(ちなみに国の責任が認められた、C型肝炎の患者も、ウイルスのタイプによっては有効な治療がなく、多少の延命はできてもやがて肝硬変・肝癌となって相当苦しみながら理不尽にも死にいたるんだけど、あの被害者には国を滅ぼす権利あり?だって復讐OKでしょ!)そして自分だけは一切の犯罪と関係ないと?犯罪が社会から生まれ誰でも被害者となりうるなら、すなわち誰でも犯罪者となりうるのでは?あの加害者がもし普通に愛情を与えられて育てられたら(自殺した母親が子に愛情を与えられていたとは思えない)あそこまでゆがまなかったかもしれない。逆にある被害者が加害者の置かれた環境のもとで同じように育っていたら同じようなことしていたかもしれないかもよ。「死をもってしか償えない罪」って?加害者が死刑になっても遺族が癒されないなら、それってそもそも罪が償えたことにはならないんじゃないの?
被害者の権利についてはもっと議論して守られるべきではあるのでしょう。でもね、被害者の権利を発展させることと、犯罪者の人権をなきものとすること、それは決して同義ではないはず。
そのあたりのこと、もっとマスコミを初めブロガーの方にも冷静に考えていただけたらと思いました

ひろさん、長文コメントありがとうございます。冷静になりたいですね。それとマスコミにお願いしたいのはより議論が深まる方向にリードするだけの見識が最低限保たれていて欲しいと言うこと。

報道に接してただ沸騰して報道で感情を回復してすっきりするだけではなんだか空しい。

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