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河島英五つながり楽曲集

  • LOVE SONG が 生まれるように
    Norman:
    河島英五バックバンド、スロートレインのギタリストであるNorman。Normanは私が高校生のときに始めて参加したときの英五コンサートにもマンドリンで参加していた。その20年後になって、つい最近、自分の小中学校の先輩であったことが判明した。去年の年末には忘年会でご一緒して少しだけ挨拶させていただいた。 YOSHIZUというSHIZUさんとのユニットではNormanのボーカルを楽しむことができる。この歌はNormanのホームページからダウンロードして聴くことができます。 (★★★★★)
  • ピカピカ光ル
    アナム&マキ: Qunai?

    イラク戦争についての反戦歌。英五さんに聞かせたかった。英五さんがまだ元気だったらいったい今の世界をどのように歌ったのだろうかということは、私もいつもいつも考えている。 英五さんの歌の中で、最もこの歌の歌詞で連想されるのは・・・「十二月の風にふかれて」<文明Ⅱ> 茜雲の空に泪ぐむのはなぜだろう? 生まれて暮らしてそれだけで生きているって呼べるだろうか? 2005・5・25『Qunai?』=4thアルバムに収録されました。アツガレコードより。アツガレコードでPVを視聴できます。(→今はできませんね。Youtubeで探してみてください。あります。) 2005年末もしくは2006年初に発売される予定(→これは御報です。スタジオライブDVDはPendingのまま2年の月日が・・・)のアナマキ初のライブベストアルバムにも収録されます。 生の「ファイト!」「ピカピカ光ル」「月の花まつり」はスタジオライブで間近で聴いたのですが・・・圧巻・・・超泪ものでした。泪ちょぎょぎれ・・・本当に泪を流してしまっている客もいました。素晴らしい生演奏でした。 (★★★★★)

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2005.01.21

産経新聞1月14日付け、18面(連載五日目)

 

三十年間の歌手生活で河島英五のコンサートは四千回に及んでいる。ファン層が広がるにつれ、千人以上の大ホールで公演するのが常態となったが、「生涯一歌手」として、どこにでも立って歌う意欲は持ち続けた。

河島英五は生涯にコンサートを4,000回。これは前人未到に近い領域ではないか。しかも英五さんの場合にそれが凄いのは、レコード会社の主催する「三点ツアー」ではなかったこと。英五さんの著作物にもそのことは書いてあるし、「徹子の部屋」でもそのことが話題になっていた。まさに、呼ばれればどんな辺鄙な村の村おこしや町おこしのイベントにでも行くという形だった。

「歌わせてくれ!俺は歌わな 死んだのと同じや」

あみるさんがNHKの番組の中でこの言葉をゆうてた。その場面を思い出した。あのNHKの番組は2001年の6月に月に3度も放映があった。それだけ反響が大きかったのだろう。

お別れ会の写真が出ていた。アナムさんが遺作『旧友再会』に音入れをしている写真も使われていた。NHKの番組の中では、ラジオチャンプでアナムさんが名曲中の名曲『月の花まつり』をJ-waveのリスナーに紹介しているところが流れていた。あのラジオ番組自体、私はリアルタイムで、相当に入れ込んで参加していた番組だった。アナム、声が詰まってしまって喋れなくなる。マキちゃんが暖かくフォローする。そんな空気感が良く伝わっているとってもよい絵であった。河島亜奈睦、突然本名(笑)、亜細亜に奈良に睦まじい、亜奈睦さん自身はきっと照れ隠しなんでしょう、あのドキュメンタリーを振り返って、泣いているところばかり流して・・・ってぶーたれて?いたが、ドキュメンタリーってそういうものでしょって思う。私がとってもよかったと思ったのは、追悼復興が終わって一同がねぎらいたたえあう場面において、亜奈睦父を語るシーン。とってもいい顔していたと思うし、すごくしっかりとした気持ちを言葉にしていた。

閑話休題。新聞記事に戻る。

 四月十四日、大阪の大和銀行本店ビル地下ホールでの演奏は英五の最後のライブとなった。トーク主体の予定が最初から歌い出し、アフガンでの経験を語り、亜美瑠の結婚に触れ、最後に「旧友再会」を披露した。

2001年4月14日。
(覚え方は・・・ルート2で 1.414 って覚えれば 完璧!)

その日に大和銀行の地下ホールでコンサートが行われていることを知っていた。リアルタイムで。ひこ日記を常に熟読していたというのがあるのかな。重要な情報源であるとともに、すばらしき知的エンターテインメントでもあったひこ日記。最近更新がなくてとってもさびしい「ひこ日記」。どうした「ひこ日記」。こんだけ書いておくときっと検索で上のほうにくるかな「ひこ日記」。笑。

再び話題を元に戻して、新聞記事。

以前にアサヒ芸能の記事にもあった。最後の闘病の姿。いろいろな生々しい話をいろいろ聞いていたのであまり語れない。言葉がない。

私自身の記憶を辿ると、2000年の年末にファンクラブ向けに急遽札幌で忘年会をやるみたいな企画があった。思えばあの時なんとなく不思議な感覚があったんだった。少し気になった。英五さんらしくないなあなんて思った。私の内輪の相当にDeepな英五ファンの間では、もちろん愛情を込めてだが、<日本一ファンをないがしろにする歌手や!>っていう内輪話があるくらいで、特にファンだけを集めてのイベントをやるだねんて・・・どうしたんだろう。ってそのとき思ったんだった。何かを悟っていたんだろうかって今にして思う。

誤解しないで欲しいが↑の表現。あくまで愛情を込めての話ですよ。いっときますけど。

また新聞記事に話題を戻して、4月14日の正真正銘ラストライブ。ライブというよりも講演会なのだが。その講演会=トーク&ライブの模様は『Last Live』のDisc2に完全収録されている。とっても教育的な内容とってもすばらしい音源ですので是非聞いて欲しいです。まだ手にとっていない人。

13日新聞記事の内容について最後に補足しておきます。
13日の記事には<<河島英五は、デビュー曲で最大のヒット曲でもある「酒と泪と男と女」(昭和五十一年)>>とありますが、これは厳密に言うと間違いです。河島英五(とホモサピエンス)のメジャーデビューシングルは『何かいいことないかな』という歌です。私はこの歌がとっても大好きです。関西エリアでは産経新聞CMに流れたことがあるらしいです。『てんびんばかり』『孤独の叫び』『さよなら』など初期の歌の中でも私はこの『何かいいことないかな』が一番好きです。

『酒と泪と男と女』は一度シングルのB面で出ていた曲でした。たしか『てんびんばかり』を1975年に出したときのB面だったかと思います。もちろん私にとってはリアルタイムの記憶ではないです。私が英五さんの音楽にはじめてガツンとやられてしまったのは高校一年のときでしたから1979年の頃のはずです。最初のガツンは『仁醒』という歌でした。この歌は、<じんせい>と読みますが「人生」とは書かないというのがミソの歌です。英五さんの重厚長大なテーマ曲の中では私はこの歌が最もショッキングな歌でした。それこそ私の人生が変わってしまうような歌でした。人が生きていくということはどういうことか。仁とは人の生きること。人が人として生きていくということはどういうことか。そういうことが歌詞と歌詞の間から何度も聴くたびに語られるすばらしい傑作です。

そう、醒める覚めるさめるといえば、アナマキのCDもいよいよ完成というニュースを聞きました。聞いたのではなくて読んだんですけども。英五さんつながりでいうと、マングローブという英五さんバンド=スロートレインのベースの植木さん、通称ポール、のぷろぢゅーすするバンドでもあるマングローブのCDも完成したんだってさあ。みんなで買おう!まず私が買わないと。どこで買えるんだろう。<ふらここ>で置かないかなあ?

アナマキの『ピカピカ光る』は夏に聞けるらしい。音源となって。

世界中 躍起になって 明日の我が身 守るため 誰か始末して恨んでる 憎んでる なら あなたが 行けばいい ひとり 行けばいいさ茜色の空 彼方 火花散る微笑むのは 誰ですか? ピカピカ光る中で 花が散る 見えますか?鈍き者たち

だいたいこんな感じの歌詞。英五さんは911以後の世界を歌えなかった。アナマキがそこを引き継いで歌っている。私はそのように受け取る。<加害者>とか<被害者>というキーワードが出てくる。まさにそのことを歌っている。しかも曲もとってもよい。◎。すばらしい仕上がりの歌です。まだ音源としては制作進行中でどういうものになるのかわからないけど。これは絶対に買いですよ。特に英五さんファンの古い世代の人に聞いて欲しい。

思えば、英五さんが最後の最後のライブでアフガンの破壊された仏教遺跡のことについて語っていたこともとても偶然ではなくて何かの必然だったのではないかって・・・なんどかそう思った。きっと今の時代を生きていたら何かそれについて歌わずにはいれなかったんではないかって、そう思う。英五さんに向かって歌っているところもあるのではないだろうか。亜奈睦さんは特に。

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Comments

トラックバックありがとうございます。私は、英五さんが、京都の得得というライブハウスで活躍していたときからのファンで、「人類」「運命」「信望」「仁醒」「文明」などのアルバムは未だに後生大事に持っています。

 確か、高校3年か大学1回生のころ(記憶が定かではありません)、パチンコ屋で、「何かいいことないかな」を聞いて、衝撃を受けました。(当時、高校生は、パチンコ屋には出入り禁止でしたが、しばしば行ってました。)

 私は、今年で満50歳になります。英五さんより長く生きておりますが、まだまだ英五さんのように熱く生きていないと反省しています。

仁醒さん、いらっしゃいませ。コメントありがとうございます。人生の先輩の方の来訪を心よりありがたく思います。英五さんファンとしても大先輩ですね。
仁醒というアルバムが私の場合ははじめての英五さん体験でした。そこから「何かいいことないかな」など初期の作品群へ遡って聞いていくような形でした。そういった意味でも、このハンドル名の方の登場はとっても嬉しいです。
また遊びに来てくださいませ。

すいません。京都の「捨得」と「磔々」がごっちゃになって間違いました。
 ファンの皆さま、申し訳ありません。

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